ウチでは結婚以来パン作りはずっとカミさんが担当してきたんだけど、去年せっかく石窯が完成したのにいつまでたっても一向に焼いてくれる気配がないので痺れを切らして自分で焼いてみることにした。

折しも最近は糖質制限だとか、ケトン体だとか、小麦アレルギーだとか、グルテンフリーだとか、とかくパン好きには肩身の狭くなる話題を多く目にするようになったので、この際少しでも健康に良さそうなパンということでサワードウsour doughのパン作りを研究し始めた。

もともと製パンについてあまり興味がなかったからかもしれないが、田舎暮らしをする前の20世紀末の時点で、製パン技術に関する情報は主に書籍が頼りで、大半がホームベーカリー向けで、プロフェッショナルな情報を入手するのは困難だったように思う。水分量も50〜60%の固い生地を力一杯こねる印象があったのだが、2017年の春に初めて製パンに関する動画を探してみると世界中の本格的なレシピがいくらでも出てくるではないか。特にフランスのパンに代表されるリーンなハード系パンというのは素人には手が出ないものと思い込んでいたのだが、さすがパンの本場欧米ではホームベーカリーでのレシピが豊富にアップされている。いやあ、求めよさらば与えられん、だ。全ての答えはYOUTUBEの中にあり、だ。YOUTUBEは神だ。

さて、現段階でボクが実践しているパン作りを整理しておこうと思う。まずウチにとってのパン作りの目的を列挙すると以下のようになる。

①生命を維持し、健康を増進する糧としてのパン作り

②家族を幸せにする品質の追求

③自給自足家として経済性・持続可能性の追求

つまり趣味や享楽ではなく、日常の当たり前の食事としての、当たり前に高品位な性能を備えたパンを、日常生活に負担なく経済的に獲得することが目的であり、その目的のもとに現在のところ以下のような特徴を持ったパン作りに収斂してきている。

①石窯で焼くパンである

②自家製天然酵母(サワードウsour dough)で発酵させたパンである

③国産の小麦粉に自家製の有機小麦の全粒粉を配合し、塩と天然水とたまにオリーブオイルだけを添加したリーンleanなパンである

④高加水high hydrationのパンである

⑤捏ねないパンno knead breadである

⑥低温長期発酵のパンである

この内「健康」に積極的に貢献しそうな特徴は②③⑥。で、なぜサワードウが良いかについては、こんな記事を参考にしてみてください。要は野生の酵母や乳酸菌を含むサワードウはグルテンやレクチンやフィチン酸といった抗栄養素を分解し無毒化するということらしい。

https://gltnfree.org/blog/sourdough-bread/

https://haccola.jp/2017_08_15_3845/

⑥の低温長期発酵については、そもそも野生の酵母菌は純粋培養したイーストと比べ発酵がゆっくりなのだが、通常のパン作りのように保温したり、温かい室温で発酵させると乳酸菌が活発になり酸っぱいパンになってしまう(サワードウという名の由来)ので、酵母菌は活動するが乳酸菌が不活性になる程度の低温でゆっくり発酵させることで酸っぱくならないようにするのです。イタリアなどでは冷蔵庫で1週間もかけて発酵させるレシピもあります。ただ、低温長時間発酵(熟成)にはそのほかに酵母菌が作り出すアルコールが化合して生成されたエステルがパンにフルーツのような芳香を与えるという効能もあります。

酸っぱいパンについてこんな思い出があります。

学生時代に貧乏旅行でヨーロッパに行った時のこと。オーストリアのウィーンから寝台列車で2日くらいかけてギリシアのアテネに移動したのだが、途中に長々と横たわる旧ユーゴスラビアではビザがないと途中下車できないし、東欧の通貨がないと駅で食料を買うこともできないので、列車に乗り込む前にウィーンのパン屋で2日分の食料として大きなパンを2つ買い込んだわけです。ところがこれが日本では食べたことのない酸っぱいパンで、どうにも食べられない。ジャムをいっぱい塗ってごまかそうと思ってもダメ。一人旅だし、ひもじいし、あんな辛いことはなかったな。今では多様な食文化に対する耐性はある方だと思うけど、酸っぱいパンはやはり基本的にあまり好きではないです。

ということで、健康に良いというサワードウを美味しく食べるのには低温長期発酵になるわけです。ただし、乳酸菌も抗栄養素の分解に貢献しているだろうと思うので、まあ酸っぱすぎないという程度にしておくのが良いかもしれませんが。

③は原材料の品質と添加物の問題。ウチでは今の所有機小麦を買うほどの余裕はないが、国内産の小麦を使うようにしている。北海道などの小麦がどのように栽培されているのかよく知らないのだが、少なくともポストハーベスト農薬は使われていないので。また、インスタントイーストに含まれる添加物や、市販のパンに多用されるトランス脂肪酸も自家製にすることにより一切排除することができる。

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次に「経済性・持続可能性」という部分にも触れておこうと思います。先にも書いた通り我が家のパン作りは趣味ではなく、伝統的な日本の家庭で毎日お米を炊くのと同様の行為であって、そこに多大な金銭や労力を費やすことはできない。パンの生産原価というのは主に粉代と燃料代だが、今入手している北海道産の強力粉は業務サイズで購入すると送料を含めて1kgあたり250円程度。イーストは買わず、塩の使用量は微々たるもの。石窯の燃料の薪は今の所タダで手に入るので、粉を500g使った直径約24cmのパン・ド・カンパーニュ1個の原価はわずか130円くらいとなる。同等の品質のものをパン屋で買ったらこの10倍以上するので大変経済的には違いない。

あとはこれをいかに楽に短時間に、薪の使用量を最小にして、効率よく行うかが問題となる。一般的に製パン工程の中で一番労力を使うのは「捏ね」であり、本職のパン屋では機械を使うのが常識であろうと思う。特に水分量の少ない固い生地を手で捏ねるのは一苦労なので、最初注目したのは水分量75〜80%の生地を「捏ねる」のではなく、引っ張って畳むstrech & foldという製法。手で捏ねるという作業は通常自分の体重を使って重力を利用して行うのに対し、引っ張るというのは重力に逆らって引っ張り上げるので、柔らかい生地でも粉が1kg、2kgとなれば結構な労力となる、Tartineというサンフランシスコのパン屋の名前で普及している方法はこのstrech & foldを30分とか1時間おきに6回も繰り返し最後に成形発酵させて焼成するという大変手間のかかるもの。確かに本格的で美味しいパンは焼けるのだが発酵中に拘束される時間が長過ぎて大量のパンを一日中作り続けるプロならともかく、日常の食事用にはとてもやってられない。

そこで次にトライしたのがslap & foldという技法。これはひとまとめになった生地を思い切り作業台に叩きつけて引っ張り畳む、持ち上げて叩きつけるという動作を繰り返すことによりグルテンの粘りを出す捏ね方で、初めは高水分量のベタベタの生地を扱うのが難しいのだが、身につければ1kgの粉を10分くらいで捏ね上げる事ができる。ここで十分に弾力を出したらあとは発酵を待ち、成形発酵をさせて焼成するだけなので、粉の計量から窯の火入れなどを含めた正味作業時間は30分程度ではないかと思う。そしていかにも弾力のある綺麗な球形の美しい焼き上がりになる。

さらに次に注目したのが「捏ねないパン」no knead bread。これは21世紀に入ってNYのパン屋のジム・レイヒーJim Laheyによって考案されたとされる製法。これまでの製パンの常識をひっくり返す革命的な方法で、粉と水とイースト(またはサワードウ)を混ぜ合わせたら全く捏ねずにそのまま長時間発酵させダッチオーブンに入れて窯で焼くだけというもの。そんなんでまともにパンが焼けるのか?と思いきや、これまでの苦労が何だったのかと思える立派なパンが焼けちゃう。しっかり捏ねたパンと比べるとちょっとダレた感じの形にはなるものの、味は申し分ない。ひと窯で1kgの粉を使って2つのカンパーニュを焼くための正味実労時間は20分。これなら日常のルーティーンに組み入れる事が十分に可能であり、現在ウチではこのやり方をメインにしている。

理想のパン

工場で作る工業的なパンに対し、「職人」が小規模に丁寧に作るパンはアーティザン・ブレッドartisan breadと呼ばれ、欧米の都市にはおしゃれな店構えのartisan bakeryが人気を集めていたりするみたいです。でも僕が目指しているのはおしゃれなパンではなく、昔のヨーロッパの田舎のオバちゃんが小さなコミュニティの中で、見てくれも気にせず、さして品質向上の努力もせず、何十年も同じ形、同じ焼き方で、作り飛ばしているような素朴rusticなパン。

という事で、具体的な製パンの方法や石窯での焼成作業についてはいずれ別の記事で紹介しようと思います。

 

 

 

 

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