僕は一度アドルフ・ヒットラーの『わが闘争』を図書館で借りてその読解を試みたことがあるのだが、それは見事に失敗に終わった。『わが闘争』は驚くべき本だった。それは曲がりなりにも、文筆を生業としたプロの翻訳家が関わった文章であり、本という製品を世に送り出すプロフェッショナルな集団であるはずの大手出版社が刊行した商品とは思えなかった。そこに収められている大量の文字は、総体として日本語になっていなかった。「読みにくい」などというレベルを超えて「読めない」のだ。それが翻訳家の言語能力に起因するのか、それとも支離滅裂なヒットラーの原文を忠実に訳したからなのかは分らないが、そこにぶちまけられている文字文字は、大量のエクスクラメーションマークとともに感情の吐露らしきものに終始し、何らかの意味内容を伝達する道具としては機能していなかった。

川口由一氏の『妙なる畑に立ちて』の文章にはそれと同質のテクスチュアを感じた。彼が自分に見えている妙なる世界に心酔している様子はまざまざと受け取れるのだが、自己陶酔的なフラグメントの連続は僕を辟易とさせ、本文の最初の見開きのページ以上に読み進める意欲を喪失させた。
「自然農」という独自の農法ブランドの提唱者である川口氏と、ヒットラーには大きな共通点がある。両者とも画家を志して挫折するという経歴を持っているのだ。芸術家に特有のロマンチシズムとナルシシズム、それらは実は美大の建築学科出身の僕も共有するもので、彼らの文章への嫌悪感はそんなこととも無縁ではないかもしれない。ついでに言えばヒットラーは画家の次には建築家を目指し、建築はナチスの施策の中でもかなり主要な部分を占めていた。
『妙なる畑に立ちて』を貸してくれたのも、やはり美大のはるか先輩にあたる油絵科の卒業生だった。彼女は和歌山県新宮市の街中に「マクロビオティック」のレストランを経営しながら、三重県紀和町の山中の自宅付近で川口式の農法を実践していた。出会った当時は50代の半ばで、長年のマクロ食の実践によって、実年齢より若々しくエネルギッシュに見える。そしてやはり長年のマクロ実践の結果として明らかな陽性過多の様相が風貌にも言動にも表れている。マクロビオティックの思想の中にも神秘思想的な要素があるが、そこから敷衍したらしき独特な思想を身に着けており、言霊的な制約によって第一人称を「これ」と呼ぶ。イエスも「はい」と「いいえ」以外に口から出るものは人を汚すのだと語っているが、それに近い発想に基いていると察せられた。しかしその割に彼女は大量の毒のある言語を口走り、行動には軽率な部分が目立つ。そのキャラクターを嫌って付き合いを避けている人も多かったが、そのご都合主義的独善性もここまで筋金が入っていれば気持ちがいいほどで、僕は毒気を被らないよう身構えながらも一時期かなり親密な行き来をしていた。
彼女は奈良県にある自然農の研修地「赤目塾」の塾生、つまり川口さんの直弟子で、マクロと自然農は彼女のアイデンティティの主要な部分を占めていた。
色川の新規有機農家たちの間では川口さんの名も福岡さんの名もよく知られていたが、「自然」と付く農法の実践者はほとんどいなかった。色川の痩せて、耕土の浅い酸性の砂質土壌と、すべてを流し去る年間5000ミリの雨量では自然農法は無理というのが定説になっていた。僕はその生い立ちから農的な知識は皆無といってよかったが、「日本人なんだから米ぐらい作れるだろう」という根拠のない自信だけをもって研修期間もなくいきなり二反ほどの農場主となったのだった。経験のないものは知識でそれを補うしかない。川口氏の著書を借りたのもそういう動機だった。
川口氏の文章は読めなかったが、稲の栽培法についてのカラー写真のページとその解説は大いに役立った。川口式の農法それ自体が福岡農法を参考にしたものだが、僕はその二人の折衷のようなやり方で試行錯誤の稲作を四年実践した。
稲作に関して言えば、福岡さんと川口さんの間には決定的な違いがある。福岡さんは種籾を直播し、川口さんは苗を移植する。福岡さんとの違いについて川口さんはどこかでこんなことを言っている。曰く、福岡さんのは「地主」のやり方で、収穫ができないという可能性の許されない「小作農」出身の自分は、よりギャンブル性の少ないやり方を選択せざるを得ないのだと。これは原文のままでなく僕の理解で書いたものだが、提唱者にしろ、その追随者にしろ自分のスタンスをはっきりと自覚しておくことは大切なことだ。僕は地主でも、小作でも、農家出身ですらない。それが、マイナーでユニークな農法を生活「手段」として採用するからには、その目的を深く自覚しないと行く先を誤ってしまう。手段が目的となっては本末転倒だ。
「安全で旨いものを、自然の理を利用してなるべく人間が手をかけず安定的に収穫する」ことこそ自然的農法を実践する第一義的な目的である。この命題自体かなりハードルが高い。それを可能ならしめるのが手段としての農法(技術)であり、さまざまなアプローチが多くの人々から提出されているのである。それらの差異をあげつらって「これは自然農ではない」などと議論することはナンセンスだ。
ただ福岡さんの「自然農法」はそれで終わらない。先の目的を達成した結果、あるいはその途上で「日常生活の場から近代主義・工業主義の恩恵を限りなく排除し、自然とともに独立して生存する術を高めることにより安心立命を得、神仙の境地に至る」という高次の目的が設定されているのだ。
川口さんの文章は読んでいないので、彼にそのような目的が自覚されているかは分らないが、彼のいう「妙なる」畑はそういう境地にいたって見えてくる世界だと僕は勝手に解釈している。『妙なる畑に立ちて』の一言さえあれば、本の中身はなくてもよかったのかもしれない。その世界は自分の眼で見届けるしかないのだから。

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